011 モテが文化を破壊する(無名のラーメンブロガーに幸あれ)

少し前にネット上で話題になった、人間関係に疲れてうつ病になったラーメンブロガーが増えている話について遅ればせながら便乗する。読めば読むほど胡散臭く、甚だ信憑性に欠ける記事ではあるが、しかしこれと似たような話は良く聞くので、一概に何もかもが嘘だとは言い切れない。その記事とはこれである。

増えるうつ病ラーメンブロガー 「ラーメンと人間関係に疲れた」

以下、この中の肝である部分を引用する。

「会社の飲み会の席で『Aさんってラーメンに詳しいんですよね』と女の子たちに聞かれて、僕のおすすめを教えてあげたんです。最近のトレンド、店主の人柄、コスパなど様々な側面を考慮して、女子向けのいいお店をです。また90年代からのラーメンのニューウェーブ系の歴史もわかりやすく教えてあげた。知り合いの店主だから僕の紹介だと言えば味玉ぐらいオマケしてくれるんじゃないかとも言いました」

Aさんにそんな話を聞いてきたのは会社の20代の女性社員3人だった。だが翌日、会社のランチルームに入ろうとした時、彼女たちがAさんの話をしていたという。

「酷いことを言っていたんですよ。『ラーメンぐらいであんなに得意になれるって終わってる』『彼女もいないし、ラーメンと結婚したんじゃないの』『息がトンコツとニンニクの臭いがする』なんて。その場には僕の後輩の男性社員たちもいたみたいで、みんな笑っていた。その日は会社を早退して、家に帰ったらめまいがして」(Aさん)

電話取材を行っていると、この話をしているうちにAさんは嗚咽をもらしはじめた。ラーメン二郎も全店制覇するなどラーメンに尽くし、恋愛、友人、仕事(休日の出勤も食べあるきのために断っていた)を犠牲にしてきただけに、周囲の心ない言葉が響いたようだ。

「ラーメンは結局、僕になにも与えてくれなかったんです」(Aさん)

まあところどころインチキくさい箇所はあるのだが、この際それは無視するとして、とにかくこの記事はネットの一部を大いに賑わせた、というか、ネットユーザーをはしゃがせた。まとめブログを読めば「ラーメンの食べ過ぎで精神がおかしくなった」とか「熱く語りすぎてキモがられるのは当たり前」とか、まあこのラーメンブロガーに対しての批判が8割を占めていたのだが、しかし僕が気になったのは、これだけ色々な人が記事を閲覧でき、それに対して自分の意見を書き込む事ができるインターネットの中で、ついに「俺はラーメンブログを読んで店を探しているよ」と言った趣旨の事を発言している人が一人も発見できなかった点だ。
良くも悪くもネット社会である。もはや大抵の情報はパソコンやらスマホやらで検索すれば手に入る。それは食事をする時も同じだ。出先で小腹が空き、ちょっとどこか店にでも入ろうと思う。しかし土地勘がないのでどういった店があるのかがわからない。そんな時にスマホの出番だ。さっと取り出したiPhoneでスッスッと「竹ノ塚 食事 安い」なんて打ち込めば、あっという間に駅周辺のレストランや居酒屋の情報が出てくる。そしてそれはラーメン屋を探す時でも同じではないか。
突然ラーメンが食べたくなった。しかしこの家には最近越してきたばかりなので、まだ近隣の情報があやふやだ。そこでパソコンで「田無 ラーメン うまい」と入力すればすぐに近場のラーメン屋の地図が出てきて、ついでにそのラーメン屋の名前も検索すれば、散々ネットユーザーがバカにしてきた「ラーメンブログ」が出てきて、それを見ればここのラーメン屋は麺が太いとかあそこのラーメン屋はスープが濃厚だとか、まあとにかくそういった事細かな情報まで手に入るわけだ。家に居たままで、である。そしてその情報は、ネットの人々が鬼の首を取ったかのようにバッシングしているラーメンブロガーが地道に収集し、公開しているものだ。
そんなラーメンブログの恩恵を多大に受けているはずの人々が、こういった記事には一転して「ラーメンブロガーはキモい」と言ったコメントを次々とつけているのである。これは一体どういうわけか。
理由はいくつかあって、そのうちにはネット上での同調圧力に負けてだとか、もしくはラーメンブロガーに批判的なコメントばかりが恣意的にまとめブログに掲載されているだとか(この記事を元に立てられた2ちゃんねるのスレッドはDAT落ちしていたので、まとめブログに掲載されているコメントしか見る事ができなかった)そういったものもあると思うが、一番の大きな理由は「ラーメンブロガーなんて擁護してもモテないから」であると僕は思う。
うまいラーメン屋を見つけて友達にでかい顔したい。女の子に情報通だと思われて人気者になりたい。モテたい。あわよくばセックスしたい。でも自分の足でラーメン屋を渡り歩いてうまい店を探すのは面倒臭い。疲れる。時間の無駄。ダサい。モテない。ではどうするかと言った時にネットである。インターネットでちょちょいと検索をすればすぐさま人気のあるラーメン屋の名前が出てきて、インスタントに情報を手に入れる事ができる。そしてそれをあたかも「この店オレが見つけたんだぜ」と言わんばかりの顔をして友達や気になってる女の子を連れて行く。もちろんこの時「インターネットで調べてね……」等という事は口が裂けても言わない。自分の薄っぺらさが露呈してしまうからである。そしてラーメンを食べる。うまい。あなたって色々なお店知ってるのね。ふふっ、まあね。またどこか連れて行ってほしいな。じゃあ来週はおすすめのバー(これもインターネットで見つけた)に連れてってあげるよ。まあ素敵!抱いて!そしてセックスである。ふざけやがって。
途中話が脱線したけれど、つまり彼らは情報はどんな楽をしてでも情報は手に入れたいが、そのための努力は惜しみ、そして他人が苦労して集めた情報を横からかっさらい、あたかも自分の足を使ってその情報を手に入れたかのように隠蔽工作をし、その一環としてこの場合の情報元のラーメンブログを「あいつらってほんとキモいよね(笑)」等と嘲笑し、それによっていかに自分がスマートに事をこなすかを一生懸命アピールするわけである。ネット上におけるラーメンブロガー叩きはその氷山の一角なのではないか。
ラーメンブロガーが休日と給料を全てラーメン屋めぐりに注ぎ込み、モリモリとラーメンを食い、その感想をチマチマブログに書くという地道な作業によって集積されたデータをおモテになる男様達が都合よく拝借し、そしてあいつら(もう「彼ら」等と言ってる場合じゃない。あんな奴らは「あいつら」で十分なのだ)は「キミたちもさー、ラーメンばかり食べてないで女の子と遊んだら?」と言うわけだ。ラーメンを食ったその口で。大きな声で。偉そうに。バカのくせに。ふざけやがって。いい加減にしろ。なんなんだあいつら。
どうもところどころ私情が入ってしまうのだけどまあそれはそれとして置いといて、とにかくいくら好きでやってるとは言えこんな不毛な日々が続き、ラーメンを食ってるだけで「息がとんこつ臭い」なんて言われたらそりゃブログを辞めたくもなるだろう。
しかしあいつらはまた偉そうに言うのである。「趣味に見返りを求めるな」と。あのなあ、と僕は言いたい。そういうのは何か一つの趣味に没頭してる人が自戒の念を込めて言うから意味があるのであって、お前らみたいな人が苦労して集めた情報を横取りした上にその情報源を小バカにしてるような、敬意のカケラも持たないモテる事だけに全力を尽くすチンチンに脳ミソがついてるゴミ人間が言うセリフじゃないからな、と。
ただしかし、それは口にする人間の問題であって、「趣味に見返りを求めるな」と言うのは全くの正論である。それは何もラーメンブロガーに限った事じゃない。謎のレコードコレクターおじさん、坂口安吾の書斎みたいな部屋に住む文学家崩れ、地震だけが恐ろしいフィギュア収集家、売れないバンドマン、細々と活動する同人誌作家、なんかわからないけど捕まっちゃったダンサー、釣りが著しく好きな三平、そういった全ての無名の人が、基本的には自分を満足させるためにやっているのだから、それに見返りを求めたいのであれば、その道の「プロ」になればいいのだ。
しかしそういった見返りを求めない趣味に生きる人達のお陰で、世の文化は発展しているのではないか。趣味のラーメンブロガーがいなかったら様々な地域のラーメン屋の素朴な情報が手に入らなかったように。そして、まあそんな事はないだろうとは思うけど、もしそういう人達がいなくなってしまったら、体育会系チンチンばかりが幅を利かせる世の中になって、世の文化は徹底的に破壊され、非常につまらなくなっていくだろうと思うし、少なくともインターネットは今より確実に面白くなくなるだろう。ネットでくだらない事や面白い事をしているのは、ダサくてモテない文系チンチンである確率が高いからである。

後は全てコミュニケーションの問題にすり替えられてしまうので多くは語らないが、ただ一つ言いたいのは、僕は所謂ネット上で叩かれがちな「早口でアニメの話をまくし立てるオタク」的な人間は決して嫌いではない、という事だ。
ラーメンブロガーの記事には「熱く語ると人に嫌われる」というコメントがついているが、まあ確かに聞いてもいない事を大きな声でベラベラと一方的に話されたらさすがに僕もうんざりするけれど、件の記事を読むと、これは女性社員の方から件のラーメンブロガーの男性にラーメンの事を尋ねている。そしてそれについて答えた結果が会社で仲間を引き連れての悪口三昧である。お前から聞いてきた事に答えたのに、それに対しての返答がそれかよ、それがお前らが大好きな「コミュニケーション」なのか?と僕は言いたい。
その趣味にかける情熱と豊富な知識、そしてとても器用とは言い難い社交能力を持つ人間を、僕は積極的に支持したい。